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カテゴリー「原発事故関連」の記事一覧

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» 被曝社会研究会レジュメ 

第3回被曝社会研究会レジュメ
2013.6.29


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「原子力都市における情報管理は、嘘と秘密を全域的・恒常的に利用する。嘘と秘密の大規模な利用は、人間と世界との関係そのものに作用し、感受性の衰弱=無関心を蔓延させる。原子力都市においては、世界に対する関心は抑制され、無関心が美徳となる。能動的な態度は忌避され、受動的な態度が道徳となる。巨大なindifference(非差異=無関心)が都市の新しい規則となるのだ」―矢部史郎『原子力都市』
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「インディファレンスというのは、『非―差異』とか『無関心』と訳されますが、これは『三・一二』の事件が起きるずっと以前からそうだったし、『三・一二』事件の後も、この期に及んでというか、だからこそというか、いままさに『無関心の規則』が前景化している」
―矢部史郎『3・12の思想』
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「少なくとも私は 黙らされる主体のありようを問うより、そうした機制を考え反撃することに関心があります。」
―松本 麻里 
(被曝者の語りについて。語りの先取りをする事でリスクコミュニケーションに回収しようとする放射線医学やエートスの「機制」を指摘して)
http://www.facebook.com/shirou.yabu/posts/465839613497623?comment_id=2984460&offset=0&total_comments=19
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1.目的
福島第一原発事故以降、放射能と被曝の問題について人々は黙らされている。黙らされる様態は多様であって、それは必ずしも「黙らせている」下手人を問えるものばかりではない。それは「世間の空気」であったり、被曝したことを認めたくない個々人の恐怖心であったり、『原子力都市』『3・12の思想』で矢部史郎氏が指摘したインディファレンスの問題のように、問題化する視点そのものの欠如であったりする。
一方で、下手人をはっきりと問える、明確な意図をもった(主に情報の)管理統制も明らかに存在し、このために黙らされている人の数は決して少なくない(SPEEDIをはじめとした文科省の一連の隠蔽工作、農水省の食べて応援キャンペーン、瓦礫報道におけるマスメディアの防護派バッシングなど)。これらについては、整理・問題化・公的告発が特に急務である。
いずれにしろ、「黙らせる機制」は多岐にわたっており、整理して批判する必要がある。
『3・12の思想』は、「黙らせる社会」に見切りをつけて動き出した人々(避難者、主婦、計測運動)を新しい主体・社会変動の最前線として提示したが、黙らせる社会・黙らせる機制についても、返す刀で、批判する必要があるのではないか。

このレジュメでは
何によって(誰によって・どのように)黙らされているのか/問題が不可視化されているのか
を具体的事例から例証することを目的とする。


2.例証

何によって(誰によって・どのように)黙らされているのか/問題が不可視化されているのか

a. 情報統制、隠蔽(政府・研究者)、計測への圧力(政府)
b. 嘘(政府・マスメディア・研究者)
c. 常識の書き換え、基準値のインフレ、論理の転倒、語意の改変、放射能に「安全」の枕詞(政府、マスメディア)
d. 二重思考の強要(マスメディア・社会)
e. 視点の隠蔽(政府・マスメディア)、インディファレンス(社会、個人)
f. 選択肢の設定/選択させる事 による「前提条件」の隠蔽(社会・言論)
g. 対抗勢力を非倫理的と断じるプロパガンダ、バッシング(マスメディア・言論)

h. 被曝した事実を認められない心性(個人)
i. 公的医療・福祉制度が被曝健康被害を否認すること(社会が前提とするはずの人権概念の崩壊) への恐怖 (個人・社会)…「受忍・否認・錯覚」(『被曝社会年報』)
j. 責任追及への等閑視・保留(言論)


a. 情報統制、隠蔽(政府・研究者)、公表の意図的遅延(政府・メディア)、計測への圧力(政府)
・ 1~3号機メルトダウンの隠蔽(官邸)、中村審議官更迭(官邸)
・ 4号機燃料プールメルトダウン時の汚染範囲試算の隠蔽(官邸/菅直人)
・ 4号機爆発映像の隠蔽(政府、マスメディア)
・ SPEEDIデータの隠蔽(官邸/文科省/経産省)
・ 研究者への測定自粛要請(文科省、気象学会)
・ 福島県内ダストサンプリングの中止要請(2011年3月15日、文科省)
・ モニタリングポスト隠蔽(2011年3月~、宮城県)(未詳)
・ 福島県大熊中学校での可搬型モニタリングデータの事後消去(2011年9月、福島県)
・ 気象庁気象研究所の放射能測定予算(「放射能調査研究費」)の差し止め(2011年3月末、文科省・財務省)
・ 気象研・青山道夫氏の海洋汚染調査論文掲載(ネイチャー)の差し止め(2011年4月、文科省)
・ 海外から支援物資として送られてきた線量計の未配布・足止め疑惑(2011年3月~外務省・原子力安全保安院)(2011年6月時点)
・ ホールボディカウンター検査拒否(放射線医学研究所ほか、2011年3月~)
・ 食品の放射能検査について、スーパーや食品メーカー、外食産業などの業界団体(270団体)に対し、国の基準を守るよう求める通知(2012年4月21日、農水省)
・ 原作業員の被曝治療用の幹細胞保存を拒否(2011年3月~、原子力安全委員会)
・ 福島県知事、政府からの40万人避難案を拒否(2011年3月15~16日、福島県知事)
http://enenews.com/japan-professor-leaders-of-fukushima-city-refused-to-evacuate-population-of-400000-after-being-asked-by-govt-media-didnt-report-this-thinking-it-would-cause-panic(未詳)
・ 政府の原発事故対策本部での議事録不作成(2011年3月11日~、政府・原子力災害対策本部)
・ 1号機爆発の報道遅延(2011年3月12日)

・ 1号機爆発の報道遅延(2011年3月12日)テレビ報道における「メルトダウン」の語の使用の急減(2011年3月12日午後以降、語の使用数が激減)
・ 新聞によるヨウ素剤服用のネガティブキャンペーン(2011年3月19日朝日新聞「被曝、心配しすぎに注意 不要な検査や服薬で副作用」)

(赤字は引用者による)


b.嘘(政府・マスメディア・研究者)
・ 柏市などがホットスポットであることをデマと断定する虚偽報道(平成23年5月16日朝刊、読売新聞「チェーンメールで放射線のデマ拡大」)
・ 「爆破弁」(2011年3月12日16時52分のNHKによる1号機爆発報道後、解説者として関村直人)(2011年3月12日16時50分の日本テレビによる1号機爆発報道後、解説者として有冨正憲)

c.常識の書き換え、基準値のインフレ、論理の転倒、語意の改変、放射能に「安全」の枕詞

■常識の書き換え
・ 「五重の壁。放射能漏れはない」→爆発→「放射能はただちに影響のあるレベルではない」(2011年3月~政府会見?)
・ いつのまにか一般人の被曝限度は20mSv/年


・「混乱は基準値のせい」の論理



■跳ね上がる基準値
・ 児童の被曝量20mSv/年基準(2011年4月19日、文科省)
・ 避難区域再編成後の「避難指示解除準備区域」(年間被曝量20mSv/年(外部被曝のみ?)までは帰還を目指し、インフラ整備を行うという地域)(2011年、政府)


・ 作業員の被曝限度200mSv/年に引き上げ(2011年3月15日、政府)
・ 食品規制値、埋め立て基準、肥料転用基準


d. 二重思考の強要(政府・マスメディア・社会)
■二重思考…互いに矛盾する二つの考えを同時に信奉すること(オーウェル『1984年』「戦争は平和である」「自由は屈従である」「無知は力である」)

■「風評を恐れ検査/公表しない」という論理
…「検査して被害実態がある」という事と「検査して被害実態がないのに風評が起こる」という事が並列して信奉されている。

・ 静岡県知事、荒茶の検査拒否(2011年6月)
・ 子供甲状腺被ばく検査の不実施(2012年2月?、国の原子力災害対策本部)

・ 埼玉県の下水汚泥焼却灰、風評を恐れ受け入れ業者を公表せず(埼玉県、2012年3月)

■がれき受け入れの安全性とリスクテイクの必要性を同時にキャンペーン
・ 「47人の知事で少しずつリスクを抱えてはどうか。受け入れを検討いただきたい」(2011年11月21日政府主催の全国知事会議にて、山形県・吉村美栄子知事)



e. .視点の隠蔽(政府・マスメディア)、インディファレンス(社会)
・ 現場労働者の被曝が問題化されない(『3・12の思想』より)

・ 初期ヨウ素被曝(関東もヨウ素服用基準超のプルームが通過)
・ 2011年3~4月の下水汚泥・家庭ゴミ焼却灰の不測定
・ 下水汚泥の再利用(セメント)問題、東京たまエコセメント
・ 放射能降下地域における汚泥/ゴミ焼却
・ 「黒い物質」の報道。α線核種の問題を報じず。
・ 放射能総漏洩量試算における海洋放出量の無視?(未詳)
・ 2011年3月24日に原発構内でベータ線熱傷を受けた作業員3人の消息
・ 福島第二原発のベント
・ 国の線量評価におけるβ線被曝の無視(『原子力都市と海賊』より)
・ 国の線量評価における内部被曝の無視
・ 福島県の健康調査においては食品からの内部被曝を計算上考慮していない。WBCの体内量は1号機爆発の影響のみとして計算している(『プロメテウスの罠』より)

f. 選択肢の設定/選択させる事 による「前提条件」の隠蔽(社会・言論)
・ ベクレル表示の功罪…土壌の保全という、「よりしなければいけない事」が等閑に付される。放射能を食べる事が選択の問題として、個人に引き受けさせられる。
・ 子ども被災者支援法の功罪…国が「移住させる義務」を放棄しているという前提が追究されない。

g. 対抗勢力を非倫理的と断じるプロパガンダ、バッシング(マスメディア・言論)
・ 「買い占めをする人は浅ましい」
・ 「放射能忌避は差別」
・ 「パニックになるな平常通りの活動を」
・ 「避難した人は文系/金持ち」
・ 猪瀬直樹「馬鹿な主婦」
・ 石原伸晃「反原発派はヒステリー」

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カテゴリ: 原発事故関連

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» 雨に濡れても 



去年の原発事故直後、この曲を聴いた。

父がSNS上の知人と連絡を取り合い、その知人が
「今関東には放射能が降り注いでいるのかもしれないけれど、
惰弱(だじゃく)な自分は、この曲を聴きながら、今日も仕事に行こうと思う」
と書いていたのを、たまたま横から読んだのである。

以来、この曲ほど、発災後の日本にいて
両義的に聞こえる曲もない。

"Raindrops are falling on my head
降りしきる雨が僕を濡らす

and just like the guy whose feet are too big for his bed,
小さな寝床で足がはみ出るように

nothing seems to fit
何もかもしっくりしない

those raindrops are falling on my head, they keep falling
頭から僕を濡らす雨はまだ降り続いている"


放射能禍は続いている。
原子炉が壊れ、核燃料と核分裂生成物は外界に放たれた。
いまそれらを覆い、人界から隔離するものは何もない。
降り注いだ放射能(放射性物質)は、広域に遍在/偏在し
ガイガーカウンターを持つ事は当たり前になった。
それは目に見えない形でひとびとの生活と精神を脅かし続けている。

そして「それ」はまさに雨と風と水の流れによって運ばれ、濃縮されてきたのである。

デモプラカード "I hate rain"

この一連の事実は、一定数の人々を打ちのめしてしまっている。

私自身、ジェロニモレーベルのこのフレーズを何度聞き返したか知れない。

もう、俺らは心の底から笑えない
放射能ばらまいた国で

底の抜けてしまったこの国 放射能海に山にだだ漏れ

もう忘れたい 全部なかったことにしたい

ジェロニモレーベル 「ナメられてるにもほどがある」


昨年の9月11日に、漫画家のこうの史代氏は
岩波書店の「3.11を心に刻んで」という企画に、ひどく示唆的な文章を寄せた。


だんだん暗くなってゆくけれど、怖くはないからね、安心してまっすぐ歩いて行くんだよ。
やがてお花畑にきたら、そこでお休み。みんな一緒になかよく遊ぶんだよ……
(草野榮應『やさしい言葉』沙羅の集)

 これはある和尚さんの言葉です。彼は、幼い息子を病気で失わねばなりませんでした。その息子の臨終の時、こう言い聞かせたのでした。
 この世に居る人は、誰も死んだ事がありません。だから、死への旅路が暗いかどうかも、抜けたところにお花畑があるかどうかも、誰も知りません。しかし、父がそう信じているという事を、息子は知ったでしょう。そして同じ世界を心に抱いて、別れたのでしょう。
 わたし達は、どんな世界を想像する事も信じる事も自由です。また、それを誰かと共有する事も自由です。そして、誰かと共有する時、それは、ひとりで勝手に忘れ去ってもいい幻ではなくなるのです。
 逆に、わたし達は現実にあった何かを語らない事も自由です。
 この言葉の何より尊いところは、穏やかであるところだと思います。子を不安にさせぬよう、父は近づく別れに涙を落としたりわなないたりすまいとした筈です。それはこの文章にも、どこにも表現されていません。それでも、その秘めた愛と強さに心を打たれるのです。

岩波書店編集部 「3.11を心に刻んで」


「夕凪の街 桜の国」で原爆投下10年後、40数年後の広島被爆者の命とその家族のありようを描き
「この世界の片隅に」で戦時中の(しかし私達と変わらぬ)暮らしを、寄り添うようにして描ききったこうの史代氏の、静謐かつ凄絶な文章である。

絶望はときに静かで安らかな風貌をもっている。

"Raindrops keep falling on my head
降りしきる雨が僕を濡らす

But that doesn't mean my eyes will soon be turnin' red
でもそれで泣きはらしたりはしない

Crying's not for me
泣いたって何にもならないし

'Cause I'm never gonna stop the rain by complaining
こぼしたって雨は止まないから

Because I'm free
僕は自由だし

Nothing's worryin' me
不安なことは何もない"


こうの氏の文章を読んで、ふとある考えが浮かんできた。
―震災後この国を覆う気分が「私達を静かに死なせてくれ」というものであったとしたら?

―放射能汚染について、見て見ぬふりが起こること
―隠蔽が起こること
―「風評被害が」と言う一方で食品検査が行われないという矛盾が起こること
―放射性物質の封じ込めが発想されず、むしろ拡散が奨励されること
―騒動・デモが死者への冒涜であるようにみなされ「不謹慎」の烙印を押されること

震災後、まるで狂気だと思い反発してきた
これらのことがらが、狂気でもなんでもなく
正気の人々が意識下で、切実に、緩慢で穏やかな死を願っていることの現われだとしたら?

それは純然たる悲しみであり、
親が死に行く子に言い聞かせる物語のように、
絶望の末、程なくおとずれる死の前にしばしの安寧を求める、おかすべからざる願いなのかもしれない。

震災・原発事故以降、我々の目の前には原発と放射能という壁が露わになり
多くの人々が、今もこれに立ち向かっている。
しかしこの「絶望の穏やかな風貌」に抗するすべを、我々は未だに知らないのではないか?

それは、あるとすれば
安寧な静けさとそれへの切望を、踏みにじるものでなければならない。
あらゆる生き汚さをしめすものでなければならない。

私は、山下陽光氏の一連の広島調査の「アトム書房」探訪は
その可能性を探る試みなのではないかと、勝手に思っている。






原爆投下後1年が経つか経たないかのうちに、
廃墟となった産業奨励館(現・原爆ドーム)前に出現した「アトム書房」。
店主はスギモトユタカ24歳。
資料は(日々発見があるものの当初は)数片の写真、外国の手記・新聞記事などを残すのみ。
古書店ないし土産物屋を営んでいたらしいこと、
広島を地獄と化した「原子力」の語を店名に冠するセンス、
爆心地に店を速攻で出してしまうテンションの高さ
以外はいっさいが謎に包まれている。

山下氏は、アトム書房と戦前の広島アートシーンの中心人物・山路商(山下氏いわく「戦前の広島の素人の乱」)との間につながりを見出そうとしているらしい。





キーワードはおそらく「ゲスさ」と「繋がり」だ。
生き汚くあること、追い込まれた状況に「ふざけんな」と言い続ける事、
そして時間と空間に隔てられ消し去られようとしている多くの「あなた」を発見すること。

山下氏と調査を続けるだだお氏のツイート。

調査は現在進行形で進んでおり、
山下氏のトーク、ツイッター(山下氏だだお氏) 、関連資料サイトで随時最新の情報が発信されている。
ネットでは書けない情報もあるとの事なので、本丸は氏のトークということになりそうだ。
2012/6/23のワタリウム美術館でのトークイベントについての、山下氏のツイート

スギモトユタカという忘れられた親友をたずね歩く姿に、
私達はいつしか聞き手という役を忘れ、猿楽町を、産業奨励館前をさまよい歩き、
それぞれのエピソードによって爆心地と人々の思い出を復元していくことになるだろう。


さて結局「雨に濡れても」をあなたはどちらと感じただろうか。

"Because I'm free
僕は自由だし

Nothing's worryin' me
不安なことは何もない"


"It won't be long 'till happiness steps up to greet me
もうすぐ幸せが僕に会いに来るはず"


安らかな諦めがもたらす明朗さか、「コノヤロー」を言い続ける生き汚さか。
いずれにしても、雨は降り続ける。

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» 【速報】さようなら原発10万人集会 

本日東京で行われた「さようなら原発10万人集会」のようすを伝えるツイート・写真・動画をまとめました。




空撮


さようなら原発10万人集会 空撮チャンネル 3/3(録画日時 : 2012/07/16 14:43)


さようなら原発10万人集会 空撮チャンネル 2/3(録画日時 : 2012/07/16 14:37)


さようなら原発10万人集会 空撮チャンネル 1/3(録画日時 : 2012/07/16 14:32)







報道

20120716 報道ステーション



20120716 FNNニュース



中継・ステージ・現地写真




















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» 大飯原発を後にして 


7/1機動隊に福島から来た女性が訴える (IWJ)



「…除染作業が頻繁に行われました。
安心安全キャンペーンが、政府の、市の、役人の意図により
私達が自主的に行うと言う形を取り
除染作業をずっと続けさせられてきました。

それとの因果関係は、証明できませんが
20代の若者が、今、本当に突然死をしています。
きちっとその事を調べて頂きたいと、言っています。

私自身も被曝しました。
3月、4月ずっと福島県郡山市にいました。

自分は、もし、命をどこかで落とすことがあったら、
きちっと献体してほしいと思っています。

髪の毛一本から爪の先まで、
内臓一つ一つミキサーにかけて
全部、どれだけのものが、どこにたまっているのか
しっかりと、検査をして
統計を取ってもらいたいと思っています。

福島のお母さんたちはみんなそう、覚悟を決めています。
そのことが、なぜ分からないんですか。
どれほどの恐怖か。

命が第一ということを、いい加減に学んでほしい。
権力者に対して物言える日本人になってほしい。

彼らは私達を使い捨てにすることしか考えていない。
ここにいる若い機動隊のみんなにも
家族がいて、子供がいて、両親がいるでしょう。

みんな、使い捨てにされるだけです。

自分たちの仲間が福島の救済に行って
どれだけが命を失っているか知っているはずです。

それなのになぜ、行動を起こせない。

機動隊、警察の仲間、消防団の仲間が
どれほど福島の放射能によって命を落としたか。
その実態は隠されたまま。

しかし、実際にそこに入った救援の…さえ命を落としている
この事実を、愚かな人間たちが、隠して、権力で押さえ込もうとしている。
いい加減に大人は、反省をして
新しい命、ここに愛いっぱいで育った若者と、命を大事にするために
日本中の大人が声をあげ、
立ち上がらなければいけないときがきているんです。
どうしてそのことが、分からないんですか。

日本が廃炉政策に転換すれば
経済はまた、違う方向で勢いよく動いていきます。
その事を、みんなが知恵を出し合ってすぐに始めなければ
福島の被曝は続いていくばかりです。
絶対に使用済み核燃料の処理方法の無い原子力を
続けてはいけません。

そのことだけは肝に銘じてください。

被曝の恐怖、被曝の生活が、どれほどつらいものかを
家族を救うということが守るということが、どういうことかを
しっかりともう一度考え直してください。

本当に機動隊の皆さん、警察官の皆さん、御願いしたい。
あなた方も一緒に家族の命を守るために
上司に対してノーと声を出してください。

免職されてもいいではないですか。
子供に対して、お父さんはあの日あの時大飯の前で、
もう居てもたってもいられず市民の皆さんとノーと声を上げたと、
そういう一人の歴史を作ってください。

大地が大事、この自然が大事なんです
自然を汚染されたら食べ物が手に入らなくなるんです。

地震が起きるのはとっても怖いです。
四号炉が昨日から少し温度が上がってると、メールが…
メールに寄越しました。
愛する者を福島において
こうして活動する身には…どんなに…つらいか…
一緒に居たいです。
どうせ、こんな日本だったら福島の地で…
でもそれじゃいけないんです
福島からは出なきゃいけないんです。
そのことを想像していただきたいと思います。
本当に…若い一人が。

もし福島に友人がいたら
一緒に新しい人生をはじめようと、引き寄せてください。
安全なところで。

よろしく御願いします。
長くなってすみません」




先週の今ごろ、私は大飯原発前にいた。

原発に通じる一本道は、抗議者の車が封鎖し、
ゲート内は抗議者たちにより占拠され音楽が満ちていた。

その占拠地は、原発側から機動隊に、逆側(公道側)から警察に完全に包囲され、
その警察の作る厳重なラインによって分断された、公道側の私達は
やはりドラムの音を背に再稼動反対を叫び続けていた。

制御棒が抜かれ、未明に公道側の警察がラインを解き
公道側の人々は占拠地になだれこんだ。

すばらしいドラムサークルだった。
中心には踊りがあり、呼吸が、息づく音があった。
それに乗れなくとも、ただそれを囲む人たちがあった。
機動隊が並んだ原発へのトンネルの入り口を横目にして、そこは誰のものでもない場所だった。

ドラムサークルが終わった後、参加者たちはその場を去った。



一応無事帰宅したことを家族に報告するメールを打つと
さんざ「衝動で動くな」などと茶々をいれてきた父が
「自分の内部で何かが変わりませんでしたか?」
と見透かすような文面を送ってきた。

返信 - 「無力感が全然拭えません。これだけはネットでは味わえませんや」

そうだよ、正味の話は、何も変わりゃしなかったよ、
何ができたわけじゃない、一人でも声を出す人間が居たらよかろうと思って行っただけだ、しかし、
警察の物理力、法の拘束力、経済法律政策のあらゆる手続き、
現実的なる物のすべての前に私は圧倒的に無力だったよ。

くそったれ!!

状況の打開を模索すること、夢想することをやめはしないからな。
あそこで見た可能性は、冷めてみれば、ただの整理しきれない・不安定な・弱弱しい可能性に思えるかもしれない。
しかし私は、決して、あのドラムと人々の声が押し広げた空間の実感を忘れはしない。

荘周夢為胡蝶。
栩栩然胡蝶也。


その小さな可能性については、追って記しておかなければならないだろう。
今は、この重大な無力感をただ記しておきたい。


悪霊 "For Children" excusive short version




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» 10年目のレポート 

山下陽光氏の一連の広島調査が目茶苦茶面白い。
原爆投下以前は産業奨励館と呼ばれていた建物(現・原爆ドーム)を建てたチェコ人の建築家ヤンレツル、
戦前の広島アートシーンの中心人物・ダダイストで画材商の山路商(終戦1年前に病死)、
終戦後すぐ原爆ドーム前で開店した「アトム書房」を追っている

山下陽光氏の広島調査に関するテンションや動機のようなものや
その時点までに判明した事が
4/7の素人の乱ラジオhttp://www.shirouto.org/archive/item/7
の40分め~で語られている。
これに引き込まれた



発想、動機、調査の対象全てがカテゴライズしにくく
それでもなおかつ目茶苦茶面白い話なので、
興味のある方はまず前記のラジオでのトークを聴取されたい。

何が面白いのか説明したいのだが説明しにくい。
面白い空気はピリピリ伝わるのだが、名づける事が出来たり結論やその為の筋がある話ではないからだ

それでも、掴み難い山下氏の動機のようなものを見てみる。
筋としても読めるところ(=面白さの核心ではない&過剰読解の可能性有)だけを見る。
まずヤンレツルについて。
問は「なぜ原爆ドームが残されたのか」



ラジオでは山下氏は、
周囲の被爆建物が整理されていく過程で、
残った原爆ドームが異様に存在感を増してしまったため
壊すことが出来なくなってしまったのでは、と語っている。
しかしこれが結論ではない。

平和公園設計に際し当初原爆ドームは計画の中に入っていず、
又「当時を思い出すから」という理由で保存反対運動も強固にあった。
しかし丹下健三が原爆ドームとセットでの平和祈念公園の設計案を提出し
それがコンペで一位をとり
公園とドームは現在の形になった
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B9%E4%B8%8B%E5%81%A5%E4%B8%89#cite_note-12

そのような経緯も踏まえ、
「とくに重要視もされてなかった廃墟」と言える原爆ドームが、一体何で残されたの?
という真っ白な疑問が再び発せられる。
筋だった話のうえでは、
直前のトークで答えは出ている(丹下健三の設計案のせい)訳だが、
それは答えではない。

この「なぜ」は手続き的な理由とは全然別の、
人々の中で「産業奨励館」が「原爆で崩れかけた廃墟」になり「原爆ドーム」になっていった
意識の変性過程を問うている。
(少なくとも私にはそう感ぜられ、それが私にとってのこの話の面白さの一面をなしている)

(上記あえて「筋だった部分」だけを抜き出してみた訳だが、
それが面白さのすべてではないということは言っておかねばならない)

(「地図をめくったら裏にもう一枚宝の地図が隠れていた」ような、
「発想の秘境」の探検、正史に描出されない「もう一つの歴史」の発掘、
情報や人が絡んだり芋づるになったりする調査自体のエキサイティングさ…
全体がえも言われず面白いんである)

以上、説明しにくい山下陽光氏の広島調査の動機らしきものを、
とくにヤンレツルについて見てみた。
以下はそれについての自分の感想となる。
山下氏の話の中で、私個人が一番面白いと思った点について過剰読解してみたい。

山下氏は、トークの初端に、原爆ドームを世界遺産にしてしまったことを
「ヤンレツルに謝んなきゃいけないんじゃないか」と言った。
自分は服を作っているが、
例えばベネトンが戦死した人が着ていた服を展示したりしているが、
それは服を作った人の意志とは関係ないじゃないかと。

この発想は自分には大変重要に思える。
高校以来、原爆の何が一番問題なのかを考えてきた。
結論は原爆が「無感動に無感情に人を抹殺するためのシステム(国家とか)を構成する最も優秀な効果器」
であることが一番問題なのだ、ということだった。

銃や剣であれば殺すべき人間と相対することは必須である。
殺す過程も非常に肉体的な作業である。
恐れや憎しみをしばしば必要とするかもしれない。
しかしそれはまだ人間的な過程なのである。
核兵器の行使に際し、システムを構成する個々人には葛藤の余地が無い。

国家元首が核ボタンを押せばその伝令は、
全き正確さをもって電気信号のように実行されねばならないのである。
そして炸裂する熱球は正確無比に数十万の人間を掃き去ってくれる。
こんな優秀な「人口調整装置」はない。
もっと「合理的」になると「人を殺して建物を残す」中性子爆弾という物もあるらしい

更なる問題はそこに「悪人」がいなかったりすることである。
国家元首は「戦争を長引かせず若者の命を救うため」と本気で思っているかもしれないし、
末端の兵士に至っては牧歌的な微笑みさえ浮かべているかもしれない。
このシステムはそういう「装置」なのだ
Tibbets-wave2.jpg


個々の判断について倫理を問うことは可能だが、
「装置」自体は倫理とは直交する存在である。
「倫理的に良い扇風機」や「倫理的に悪い扇風機」が存在しないのと同様だ。
装置は「役に立つかどうか」しか問題にならない。
倫理的判断の対象になるのは人間の側の使い方であって装置自体ではない

であれば、私がまず言わなければならない事は
「私はそんな装置に殺されるのは真っ平ごめんだ」という事である。
「平和」や「核廃絶」はその次だ。
「哀れにも殺された誰か」への他人事めいた追悼よりも、
仲間を虫けらとして処理した装置(とその使用者)への呪詛が必要だ。

だから、山下氏の広島調査(に私が勝手に感じ取っている)姿勢は、
とても直球である。
「原爆とか知るかふざけんなコノヤロー(中指)、勝手にやんだこっちは」
ということなのである。

ヤンレツルは別に原爆に壊されるためにあの建物を建てたのではないし、
中島地区はあんなのっぺりとした無機質な公園になるために存在していたのではないのだ



そのことを真っ先に言わなければならないのだ。
これを気づかせてくれたのは、広島の寺町出身の祖母が話してくれた太田川での水泳の話や、
産業奨励館に自分の習字が貼り出された話、
親戚から繰り返し聞かされた、8/6の朝にむずがる子供を学校に無理やり送り出してしまった母親の後悔の話だったりした

産業奨励館隣の実家で母を亡くした田邊雅章氏が、爆心地猿楽町の町の風景をCGで再現した映像

氏の映像には人の姿は無い。どうしても描く事が出来なかったのだという
http://www.asahi.com/kansai/kouiki/OSK200807110054.html



今は平和記念公園となった、二つの川に挟まれた中島地区が
古くから栄える広島の盛り場だったという事は、高校の頃の調べ物で知った。
私の好きな広島弁。
町中にはあの鷹揚な人懐っこい言葉がしじゅう溢れていただろう。
平和学習で訪れた公園は清潔に整備されその雑踏の面影すら感じることは出来なかった

中島地区に住んでいた男性が
「原爆投下前からそこが公園であった」と誤解されるのが悔しいと涙する姿が胸に詰まった
http://youtu.be/jr99AfSgDss
すずらん燈の絵。戦前期の広島の繁栄のシンボルで、中島本通にも設置されていたという

広島市HPのFAQ「平和記念公園は被爆前も公園だったのですか?」
ウィキペディア「中島町 (広島市)」
中島地区の近隣の市街地写真

産業奨励館(現・原爆ドーム)原爆投下前外観
ヤンレツル作チェコ通産省と瓜二つ
奨励館内部の写真。物品が並びいかにも物産展



高校の時読んだ『原爆体験記』には原爆投下の日でさえ、
直前までそれぞれの普段の暮らしがあったことを知らされた
原爆体験記 (朝日選書 42)原爆体験記 (朝日選書 42)
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ある手記には曽祖父の姿が記されていた。
手記を書いた人とそれを読んでいる自分とは、会った事もない曽祖父を介して繋がっていたのだった。

なので、個人的には、山下氏の「全部繋がってる!心配ない」という呟きには共感するところが多い



過去の人だというだけで繋がらないなんて事は無い

さてさて高校のときの広島平和研修のレポートがようやっと終わった。
これが書きたくて、でも当時書ききれずそのまま放置して、
結果10年も締め切りを破ってしまった。

広島に向かう新幹線の中で、私の途中までの小汚いレポートを読んでくれたM嬢へ…
原発事故が起こってこのノロマはやっとあのとき書きたかったことをまとめました。
今度は間に合うように…なんの締切なのかは全体分からないのだけれど。
あの時真剣に読んでくれて本当に有難う。
こんな感じで生きてきます

カテゴリ: 原発事故関連

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